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狂気とはなんですか?
- 1 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/20(金) 23:53
- 私の両親は狂っています。
正常であった姿を私はこれまでの人生で見たことがありません。
長い間子供をやっていましたが、娘として大切にされたことはありません。
いつも親の敵のように嫉妬と憎しみの対象にされてきました。
世間には極端に脅えている二人でした。
他人の言いなりになるので何とかお金は稼げたようです。
子供にも、世間から良く思われるようにしないとひどい目にあうと脅しました。
でも、そんな父はあるとき逮捕されました。社内横領のようなものです。
地位を利用して複数の人間で使い込みをしたらしいです。
世間に脅えながらも権力を濫用する人でした。
私は驚きませんでした。「天罰だ」と思いました。
でも、両親の反応は変でした。
その他にもいっぱい変でした。
彼らがどういう人であったのかと考えようとすると、頭がおかしくなりそうになります。
少し話は飛ぶようですが、今「ワイルドスワン」という中国の文化大革命の頃の小説を読んでいます。
文革の中で多くの中国人が取った異常な行動と私の父の行動は似ているな、と思いました。
その心を占める主な感情は「恐怖」です。
私は以前に心理テストをしてもらったときに「その他は普通なのに恐怖心だけが非常に強い」と診断されました。
外部の人に私達家族を客観的に評価してほしいと思います。
また、同様の悩みなどを持つ方の語らいの場になれば、と思います。
- 2 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 01:58
- 三省堂の新明解国語辞典によると
きょうき【狂気】
正常とは思えない精神状態(になること)。
気違い。
「−の沙汰としか思えない」
←→正気
だそうです。
私は同じ悩みを持つ人間ではないし、
他にもこれといって大した悩みが無い人間です
(憂うつな気分は人並みにあるけど・・・)
客観的な評価をすれば、ここに書かれていることを読む限り、
もちろんあなたの両親は普通じゃないと思います
- 3 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 02:20
- >私の両親は狂っています。
>正常であった姿を私はこれまでの人生で見たことがありません。
>長い間子供をやっていましたが、娘として大切にされたことはありません。
>いつも親の敵のように嫉妬と憎しみの対象にされてきました。
俺とまったく家と同じ。どうしようもない
- 4 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 02:21
- 子供は親を選べない
- 5 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 02:26
- 親は子供に立派になってもらいたいとレールを引く
だが親は立派な子供をそだてるにはあまりにもひどすぎる。
金を出せば、与えてれば子供は育つとおもっている。
親はまったく子供の苦しみを解ろうとしない。
子供は毎日のつもりにつもった憎しみにもだえる
- 6 名前: 名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 02:29
- 哀しい
- 7 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 04:26
- つらいね。でもそんな親に耐えて生きてる1さんは偉い。
親のこと、他の所じゃそんな風にあんまり言えないでしょ?
憎悪とか恨みとか悲しみとか、感情的な部分ここで思う存分吐き出して、
また現実的な対処を考えることができるようになったらいいと思います。
何もしてあげられないけど、誰かが話しを聞いて、1さんの辛い気持ちを
理解してくれる、しようとしてくれると思います。
- 8 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 04:57
- 7さんの言うとおりです
- 9 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 05:05
- 親ころしてーーーーーーーーー
- 10 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 05:11
- うちの場合狂ってるのは母だけだったからまだましだね。
もっとも優しかった父は若死にしてしまって
吉害の母だけが今そばにいるんだけどさ。(鬱)
- 11 名前: テリ造 投稿日: 2001/04/21(土) 05:41
- 「ワイルド・スワン」(講談社/著者ユン・チアン)
のなかの文革の狂気は大衆の扇動による集団的
組織的ヒステリーですから、ご自身の場合とは異なると
思います。
おそらく、ご自身の境遇を小説の中の狂気に投影して
いるのだとも思えます。
人間なんて結局、どこまでが正常で、どこまでが否か、
判断はつきかねません。
ただ、その小説が良い例で、極平凡な生活を送っていても
環境により、狂気が心理の表層に浮かび上がる。とも言える
でしょうし、誰しもが狂気を持っていると思います。
どんな状況でも、大事でも些細な事でも、時として第三者や
その時代以外の人間に理解しかねる事象が起こり、それが
「狂気」なのかも知れませんね。
歴史で嫌というほどの例がありますし・・・・・。
それ以外での狂気(原因がなき場合の)は、病気ですね。
- 12 名前: 1 投稿日: 2001/04/21(土) 08:29
- 私の両親は実家が同じ郷でした。
彼らにとって恐怖となったのは、実家および親戚です。
昔の「村八分」にされるという恐怖感ではないかと思います。
父母ともに7人兄弟の5番目でした。
(実際にはどちらも一番上の二人は子供の頃に死んだので5人兄弟の真中です)
父は農家でした。祖父は中国で戦病死したのでおそらく父親の顔はほとんど
覚えていないでしょう。母子家庭で育ちました。大きな農家でした。
祖母(父の母)は激しい性格の人でした。口の悪さでは有名だったそうです。
田舎の農家ですし昔のことですから財産を子供に等しく分配する発想はありません。
父は何も貰えずに都会に出てきて会社づとめをしました。農家出身の父が
サラリーマンをするのは大変だっただろうと想像します。(話を聞いたことはありませんが)
追い出されて惨めな生活・・・ですね。
母は農家ではなくてまあ、酪農のような家で育ちました。祖父が一代で築いたらしく
お嬢さんで育ちました。プライドが高くどうしようもありません。でも、外見が良くない人でしたので
そのコンプレックスと混ざって引きこもり的性格をしています。世間知らずです。
この人も裕福な実家を離れて惨めなサラリーマンの妻となりました。
二人ともその両親からは「要らない子供」という育てられ方をしています。
>「ワイルド・スワン」(講談社/著者ユン・チアン)
>のなかの文革の狂気は大衆の扇動による集団的
>組織的ヒステリーですから、ご自身の場合とは異なると
>思います。
いえ、似ています。毛沢東のとった行動にもよく似ています。
(立場が危なくなるという恐怖心)
- 13 名前: 1 投稿日: 2001/04/21(土) 08:35
- 別にワイルドスワンでなくても良かったのですが、
この小説ほど人が狂う過程を客観的に描いた小説を
今まで読んだことがなかったので、とても参考になりました。
- 14 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 09:31
- 「ジョイ・ラック・クラブ」エイミ・タン
中国からサンフランシスコに移住した母と娘の生き方だけれど、
母と娘を客観的に見直せます。
結局自分の意識の中でまっさらにするか、年輪のように「終わった事」
にするか・・・
そうする。私は。
- 15 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 09:36
- 狂気とは・・・何でしょうね。
言葉で表すのは難しい・・・。
時々私の頭の後ろの方に起こるものです。
表に出ないように封じ込めていますが。
- 16 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 09:41
- 不調和
- 17 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 09:45
- よってたかって、みんな俺の悪口をこのスレに書きやがって
という風に思ったら狂気でしょう。
- 18 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 16:11
- >17 よくそう思う
そう思って、よく自殺未遂繰り返すよ。
はやく、当選してお墓に入れ>自分
- 19 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 16:17
- 別に精神的にはおかしくはないと思う<両親
単に人間としておかしいってだけの話し。
どっちの方が良いかはよくわかんない。
- 20 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 16:20
- 人間として弱い、の方が当て嵌まる気もする。
- 21 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 16:24
- 気功を一緒にやりませんか。
自己催眠もやりませんか。
- 22 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 17:55
- 『狂気とは理性のなくなった状態ではない。
理性以外何もなくなった状態である。』
・・・誰の言葉だっけ?
- 23 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 17:59
- 全てのたがが外れた状態
- 24 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 18:00
- 22の自己レス
調べたらチェスタトンの言葉だったようです。
- 25 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/21(土) 22:06
- 何年か経って両親の事を思い起こすと、もしかして『そうでもないかな』
と、思うかも知れません。
許せる事はないのでしょうが、
もう少し御両親を柔らかい目でみてもらえませんか?
- 26 名前: 正論を語る人 投稿日: 2001/04/23(月) 21:17
- このスレは、発信源である。
他のスレで死に希望を見出しているものに生への希望を
また、立ち直りの見込みのないものには手ほどきを記す。
宗教色はない。あくまでも「正論」を語り続けることが目的である。
また、癒しを受けたい者は、
http://www.kraftwerk.com/を見よ。
告知する。
「正論を語る人」 を新規募集する。
希望者はここへ集え。
俺がHNを決めてやる
- 27 名前: 正論を語る人 投稿日: 2001/04/23(月) 21:24
- このスレは、発信源である。
他のスレで死に希望を見出しているものに生への希望を
また、立ち直りの見込みのないものには手ほどきを記す。
宗教色はない。あくまでも「正論」を語り続けることが目的である。
また、癒しを受けたい者は、
http://www.kraftwerk.com/を見よ。
告知する。
「正論を語る人」 を新規募集する。
希望者はここへ集え。
俺がHNを決めてやる
- 28 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/23(月) 23:24
- >テリ造さん
レスつけようがつけまいがあんたの勝手だが、
いいかげんsage覚えてくれよ。
- 29 名前: テリ造 投稿日: 2001/04/26(木) 05:01
- sageは知っているよ。その時の状況によりけりで
使い分けているだけ・・・。
第一、sageていないのは私だけではないのに、なぜ
私だけ槍玉にするの?
- 30 名前: 1 投稿日: 2001/04/29(日) 21:51
- しばらくこのスレを読めませんでした。
なぜか?いつもです。昔から「思い切ってカウンセリングを受けてみよう」
と決心して精神科などへ行く。急にそんな話をする私が馬鹿に思えてやめてしまう。
家族のことはいくら他人に説明しても、何年にもわたって毎日毎日少しずつ
繰り返された人格無視、いやがらせ、暴力をすべて説明することは不可能だ
とどこかで悟って語るのをやめてしまう。その繰り返しだった。
私が一番振り回されたのは母親の無言のプレッシャー。あまりしゃべらない
人だった。不自然なほど必要なことを話さなかった。私に語りかけることは
まずなかった。私はそんな母を確かに変に思っていた。
「よほど辛くて負担に思うことがあるのだろう」と思った私は母の心を和らげようと
いろいろとしてあげた。今から思うと本当に涙ぐましいほど一生懸命してあげた。
私はいつもかわいそうな母の気持ちを考え母に尽くすことのみを考えて生きていた。
もちろん、感謝の言葉などもらったことはない。表情でも示してもらったことはない。
母は私の行為を当然のこととして受け止め、私個人のことを考えてくれることはなかった。
彼女が考えていたのはいつも自分のことだけ。人が自分のために何かしてくれるのは
お嬢さんである母にとっては当然のことだった。
今はそんなサービスは一切止めている。若い頃、私はあまりにも自分のことを
おざなりにしすぎていて、社会で生きるのに不適応を感じた。人のことを
構っている時間はなかった。そんな私に母は「昔はかわいかったのに」と
さらに搾取しようと迫ってくる。
- 31 名前: 1 投稿日: 2001/04/29(日) 22:03
- 私から母にいろいろと話しかけるときはもちろんあったけどいつも無視された。
「そうは言っても・・・」と思われるかもしれない。でも、本当に母が私の質問に
答えてくれたことは一度もない。いつも一方的にこちらが尽くすか、あちらが私の
欲しくないものを無言のプレッシャーをかけながら押し付けてくるか、どちらか
だった。
母が動いたのは私が命令したときだけだった。
黙っていても、期待してもなにもしてくれないが、そのうち命令すれば従う
ことが分かってきた。母は私の食事の準備、駅への送り迎え、すべて一人で黙々と
実行していた。いつしか私もそんな生活に慣れて、母を奴隷のように扱っていた。
いや、お互いがお互いを奴隷のように扱っていたのだ。
そうそう、母のほうから私に話しかけるときはあった。それはいつもブチ切れて
いるときだった。いきなり床の間に座れと言われて、理由のわからない叱責を受ける。
やいとをされたときもあった。痛かったな。後は、泣き付いてくるときだ。
私のことで「お母さん恥ずかしい!」と言ってよく攻撃してきた。
母が私に話し掛けようとすると、恐怖で金縛りになったものだ。
その恐怖をふりのけるためには、自ら率先して母の想像もしなかったような
良い(世間的に)ことをできると言って先回りして安心させることだった。
私は自己暗示をかけ続けた。中には上手く行った事もあった。すると
母の私への依存心は度を越した。
- 32 名前: 1 投稿日: 2001/04/29(日) 22:12
- 父が暴力を振るったり逮捕されたりする環境の中で私は母親にとって頼りになる娘を
演じつづけた。常に強気で、スーパーウーマンをやっていた。そうすれば、母は
奴隷として隷従するだけで、私を攻撃することがなかったからだ。
ところが別れは必ず訪れる。私の就職や結婚だ。今までの関係を維持していては
私は社会的に立ち行かない。
それまでも友人との関係には常に干渉したがる人だったが、就職してから
ひどくなった。
学生時代の友達と付き合っていると意味もなく「別れなさい」
会社の仕事を持ちかえると「そんなつまらない仕事してるの」
会社の人と食事をして遅く帰ると「そんなことやめなさい」
そうそう、学生時代のことだけど入院した友達にお見舞いに行こうと
していると「お金がかかるからやめなさい」と言われた。
阪神大震災のときも兵庫県に住んでいた私のことは全く心配していなかった。
(連絡はなかった)
およそ良いこと楽しいことは言わない。表情は見るからに暗く、食事はまずく
毎日の食卓は冷たいものだった。
- 33 名前: 1 投稿日: 2001/04/29(日) 22:20
- この母親が喜ぶときがある。
私が良い大学へ行ったり、お金を出して語学留学したり、医者の彼氏が
できたときなどだ。
私は後で知ったのだが、いつも親戚に吹聴し、「さすが私の子だ」
と自慢していた。ところが就職してバブルが崩壊し、あまりいいことが
なくなった。するとだんだん機嫌が悪くなる。
私は実家から逃れる目的もあって東京へ移り住んだ。すると何を
勘違いしたか、自分も東京へ行けると思ったらしい。
おおはしゃぎで電話をかけてきた。「来週お母さん遊びに行くからね」
私は断った。私の都合など全然聞いてくれないからだ。
母の思考回路では、「私が遊びに行きたいと言われる事は娘にとって
大変名誉なことに違いない。私はなんと良いことをして上げているのだろう」
ということだったようだ。自分で酔っていた。
いつも、突然、はしゃぎ出し、怒りだし、不安で震えだし・・・
私は疲れたのだ。
ひょっとしてこの人は幼い頃から知的障害があったのではないだろうか
と今は思い始めている。
- 34 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/29(日) 22:26
- >>29
コテハンだからですよ。
まあ、気にせずに。
- 35 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/29(日) 22:28
- >>33
知的障害というのはちょっと違うんじゃないかな?
- 36 名前: 1 投稿日: 2001/04/29(日) 22:31
- >>35
では、なんだと思いますか?
- 37 名前: 1 投稿日: 2001/04/29(日) 22:37
- >>35
すみません。責めている訳ではありません。
本当に知りたいのです。
父もずっと母親に振り回されていました。
結婚したのが母でなければ、もっとましな人生が送れたのではないかと
思います。父は今では母の奴隷です。母が何か心理的サインを送ると
父はそれまでの意見をひっくり返したり豹変したりします。
でも、そう言えば昔からそうでした。
私は性格的には父はよく理解できるので、母に対する混乱が伝わって
きます。遠く離れて住んでいても、父を母から解放してあげたい、
そんな気もします。父はいつも「わしはこれでいいんだ」
「おまえは自分の道を行け」と言います。言いながら母の命令に
逆らうことができず私を罵り続けます。私を大切にすると母に
何を言われるか分からないのです。
- 38 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/29(日) 22:48
- >>1
なんだと聞かれると知識がないので困ってしまうのですが
単に自己愛が強いとかそういうことではないのかな、と
思ってしまう。
子供の1さんと父親の前でだけお母様はそういう態度なんですか?
- 39 名前: 1 投稿日: 2001/04/29(日) 22:57
- >>38
ありがとうございます。
自己愛だとすると自己愛の強さが異常です。
相手の表情の中に脅えを見つけることができないようです。
家族と親戚以外には付き合いは表面的なものばかりです。
弟も二人居ましたが、二人とも実家を離れました。
弟は母親に良心的で父親への理解が全くありません。
母親は弟は男の子なので大切にしたのです。
影で私や父親の悪口を一緒になって言っていました。
弟はまだ母の姿に気がついていません。いや同じなのかな。
自己愛が強すぎる彼らは、すねをかじれるだけかじって
すたこらさっさと逃げ出してしまいました。
- 40 名前: MML 投稿日: 2001/04/29(日) 23:14
- うちの父親も(素人判断ですが)ボーダーです。
これ以上語るのは非常につらいです。
母親は自律神経失調症、私はうつ病にされました。
同じような心理テストでしょう、受けたこともあります。
結果は「緊張」が満点でした。
祖母がよく「二人も病気にして、あのろくでなし」と言っています。
父親が目の前にいる。でもその人は「おとうさん」と呼びかけられる人じゃない。
もう何も言えません。
ただ、自分の命を粗末にすることだけはしないでください。
親が嫌なら逃げてしまってください。
救いはあります。
一見ただの友達でも、ホントの友達がいるんです。
少しずつ、前に進んでくださいね。
- 41 名前: りん 投稿日: 2001/04/29(日) 23:33
- 全然違う環境だけどわたしも家族がきらいです。祖母は毎日不満を言っています。父は病気になって以来働いていません。母は働いています。わたしは父から愛されていません。
いつも鼻で笑って偉そうにして嫌みばかり言います。わたしは実家に帰るつもりなかったんです。
でも人格障害がひどくなってひとりでいきていく勇気がなくてしかたなく帰ってきました。
今はひきこもりから一応ぬけだして近所の人の紹介でつまらない息苦しい職場に足を運ぶ毎日です。
わたしの希望はもういちど東京に戻りたいということです。ひとりになりたい。
だからそのお金を今稼ぐために生きています。
ただそれだけです。
はやくにげたい・・・・
- 42 名前: 1 投稿日: 2001/04/29(日) 23:35
- >>40さん
ありがとうございます。
大丈夫です。
昔は自分のことを哀れむところが強くて、
自殺しようとしたこともありますが、
なぜ自殺したのか私の両親は絶対に分かってくれない
確信がありましたのでできませんでした。
自分の生きた環境は疑問でいっぱいですが、
気の毒だとはもう思っていないようです。
母の姉二人も家庭を不幸にしています。
夫を早くに死なせているのです。ほかにもいろいろと武勇伝が・・・。
おじいちゃんが「私の娘は幸せにならない」と言って嘆いていたそうです。
疫病神3姉妹というわけです。
今日は眠ります。おやすみなさい。
- 43 名前: 優しい名無しさん 投稿日: 2001/04/30(月) 00:01
- >テリ造
ごめんよ。
大好きだからいじめてしまったよ。
- 44 名前: 1 投稿日: 2001/04/30(月) 13:08
- >>41さん
がんばって。
故郷を捨てることを奨励するのは良くないとは思いますが
東京は住みやすいところですのでそんな環境で苦しむくらいなら
こちらにきたほうがいいと思います。
しんどいときに当然のように助けてくれる親戚などのコミュニティは
ないですが人慣れしているので、他人が優しいですね。
こちらは親戚同士でも干渉しないとか。自立した人の集まりなのですね。
最初は構ってくれないのがさびしいと思ったこともありますが、何年も
住むうちに自分も強くなってきたのでこれが当然になってきました。
大都会は常に古いものを壊して新しいものを作りつづけている場所なのでしょう。
できれば「逃げる」という感情よりも何らかの「プラスを取る」という気持ちで
こちらに来てくださいね。
- 45 名前: 1 投稿日: 2001/04/30(月) 13:26
- 東京の人の問題点
田舎から出てきて、最初は療養所のような感じがして良かったのですが
東京生まれの人には長く付き合いたいような人は少ないです。
楽な環境で育ったために苦しい思いをした人が少ないです。
人間的幅が足りません。田舎的なもの、出会ったことのない極限状態
に接したとき「私は関係ないわ」という反応をしますので、疲れます。
「かわいそう」という感覚が非常に表面的なのです。
東京で生まれて住みつづけられる人はお金持ちである場合が多いので
お嬢様おぼっちゃま育ちということでしょうか。
それに気付き始めて、私は苦しい思いもしましたが、極限に置かれた
人間心理も経験した分洞察力もあることにも気付きました。
もちろん東京でも極限状態にある人はいるでしょうけど、それは
社会的なものではなくて貧しいなどの個人的理由によることが多い
ようです。田舎で通常見られる「他人に張り合う」ことは少ないの
ではないでしょうか。
薄っぺらくない東京の人と親しくなりたいのですが、どうしても戦争を
経験したようなお年寄りが多くなってしまいます。
後は自分と同じような苦しみから逃れて出てきた人でしょうか。
以上、私の東京考でした。